2009年10月08日

中川昭一氏とか、死とか、神とか

久しぶりの更新であります。あるアイテムの製作に没頭しておりまして、ブログが放置状態となってしまいました。。。あるアイテムとは?後日のブログにてご確認下さいませ♪

さて、、、中川昭一氏が亡くなってしまいました。当方の地元(厳密にはその隣)の政治家で、父親の中川一郎氏が自殺した時もリアルに覚えているのでなかなか感慨深いものがあります。父親が57歳で没、その息子が56歳で亡くなるというのも因縁めいたものを感じますね。政治家としては保守派の論客として、将来は総理も期待されていた人物だけに残念でなりません。やはり致命的だったのは「お酒」だったのでしょうか。一般的にはいわゆるタカ派的なコワモテのイメージが持たれていたようですが、実はガラスの心臓といいますか、相当に繊細なお方だったようです。ご冥福をお祈り致します。

知人や有名人などが亡くなると人間の命はあっけないものだなぁ、などとつくづく感じるのですが、私自身も40歳になって人生の折り返し地点を過ぎると、少なからず「死」というものを考えるようなりました。まぁ、まだまだ早い話ではあるのですが、当方の両親は高年齢出産だった事もあり、一般的な当方の世代と比べると親の老後というものを早いうちから見てきているので「自分の時はどうするべきだろう?」などと考える事が多々あるのであります。いずれ訪れる「死」というものにどう向き合うべきか?などと考えるわけでありますが、私などは無宗教なので「輪廻転生」だの「成仏」うんぬんだのは全く信じておらず、白洲次郎ではないですが「葬式無用、戒名不要」といった感じでありまして、極端な話、死んでしまえば路上で朽ち果てようが何だろうが構わないと思うのであります。その思考の背景にあるのは、人間は死んだら「無」であり「0」になるのだ、という考えからくるものであろうと思いますが、ただ「無宗教」と書いたものの「無神論」ではないのであります。

「神」という存在の定義は非常に多様であり、特に日本人の宗教観はいわゆる「八百万の神」的であり、神という存在は人それぞれにあらゆる捉え方ができます。例えば、お釈迦様やキリスト様を神と思う人もいれば、新興宗教の教祖様を神と思う方もおられるでしょう。もっと身近ではご先祖様や亡くなった身内を神様(仏様)と思うかもしれませんし、死んだペットが神となって自分を守ってくれていると思われる方もいるかもしれません。この宇宙全体や地球が神であり、大自然が自分の神だという考え方もあれば、ちょっと前には国家神道という考え方もありました。つまり、人それぞれが様々な神の存在をとらえる事でその人自体が幸せを感じる事ができるのならば、それはそれで良い事なのではないか?という考えに立ち「神」という存在は否定しないのであります。それでは自分の場合はどうかというと、、、他人の思考には左右されずに、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の脳で考えて、その結果導き出されるものが私の神?ではないか、などとも思いますが。。。

話が脱線してしまいましたが、死んでしまえば後はどうでもいいと書いてはみたものの、やはり自分のバイクや収集したミリタリーグッズなどは、その後に大切にしてくれる人にお譲りしたいものです。という事で私の予定では70歳あたりから「終焉の準備」をしようかとも考えております。70歳が早いのか遅いのかはわからないですが、とにかく身の回りの整理をして、いつでも死ねる最小限の状態で残り少ない人生を楽しもうという魂胆?なのであります。子供がいればある程度の物は譲れば済んでしまいますが、私の場合はたぶん子供はいないと思うので、自分の生立ちからの写真や思い出の品なども自分の手で処分しなければならず、その時はちょっと感傷にひたるのであろうと思います。とりあえず私の老後の目標は「迷惑かけるな・嫌われるな・小綺麗でいろ・自分のケツは自分でふけ!」であります。なるべく若い世代には迷惑をかけずに自己完結の形で終焉を迎えたいものであります。というかこんな昼夜逆転の不規則な生活で、缶コーヒーとタバコをジャンジャン消費する日々を送っていて70歳まで生きているかどうかも微妙でありますが。。。

と、たまにはそんな事を考えるのもいい秋の夜長ではありませんか。つーか台風直撃で大荒れですな。。。


若い頃に製作したグラフィック作品です。第3回九州デザイン展・特選賞(準グランプリ)
無宗教ですが、世界の宗教文化や芸術、ミステリアスな物には興味があるのです。
  


Posted by アカトラ  at 04:55アカトラ